親の仇のようにひたすら読み積む日々の記録。最近は映画もよく観ます。
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2008.08.16 Sat
![]() | 転進瀬島龍三の「遺言」 (2008/08) 新井 喜美夫 商品詳細を見る |
瀬島龍三ほど毀誉褒貶の激しい人物も珍しい。とはいえ、保阪正康らの著作等によって、近年は批判的な見方の方が大勢だと思う。本書の著者も、中立的に書いたとは聞いたが読んでみるとやや批判的な立場に立っているとわかる。
戦前は大本営作戦参謀として戦争指導に関わり、終戦後シベリア抑留11年。帰国後、一転して民間企業へ入り、伊藤忠商事の会長にまで登りつめた。中曽根内閣の行政改革では土光臨調委員として辣腕を振るうなど、戦後の政財界の影のフィクサーとも言われた。その波乱万丈の生涯は、山崎豊子の小説『不毛地帯』の主人公のモデルともなっている。
一方でさまざまな黒い噂もあり、戦局を左右する重要電報を握り潰したとか、極端なものでは日本兵のシベリア抑留は瀬島が申し出たものだという説もある。戦後の伊藤忠時代には軍隊時代のコネを使ってFX商戦や賠償ビジネスで暗躍したといわれる。2007年9月、最後の参謀、瀬島龍三は昭和史の多くの謎を抱えたまま鬼籍の人となった。
著者は、瀬島と関わりをもった民間の経済人で、作家やジャーナリストといった種類の人間ではない。ただ歴史に興味を持っており、折を見て瀬島と戦争の話や考えを聞いていたらしい。序文で、瀬島の家族以外では最も本人と多く接した人物だと自負していたので、期待をもって読んだ。
結論からいえば、「遺言」と称するほどの濃密な内容ではなく、瀬島の漏らした数少ない言葉からの推論が中心で、著者自身の史観と、本旨とはあまり関係のない記述を交えた部分が半分ほどを占める。もっと瀬島自身が語った内容を期待していたので落胆した。核心に触れると黙秘してしまう、というのは相手がジャーナリストであろうが仕事上の友人であろうが同じだったようである。
しかし公私で直接瀬島と接した人による実見なだけに、瀬島という人間の人となりが偏見なしに描かれているのは興味深い。組織人としての優秀性、アタマの良さは本物だったが、極端な能力主義者であり、無能と見切りをつけた者や格下の相手には容赦なく冷酷。感情を決して表に出さない。しかし天皇、皇室への至誠や国家、郷土への愛情は濃やか。私生活は無欲で質素そのもの、一方で並外れた栄達欲。瀬島という人間は、戦前エリートの一つの究極の形であったのかもしれない。
本書の半分ほどは瀬島から離れた内容で、「なぜ日本は戦争に突き進んでいったのか」というある種の普遍的命題についてだが、中には杉山元はピストル自決する度胸がなく土壇場で服毒自殺にしたとか、東条英機がミッドウェー海戦の敗北をマリアナ沖海戦の直前まで知らなかった、という信じられないような話も載っており、事実ならば唖然とする他ない。
全体として、興味深い本ではあったが、「瀬島龍三の遺言」というには正直不満の残るものだった。遺言も何も、やはり瀬島は黙して語らず逝ったのだった。
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